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吉田修一 『怒り』 映画の前に原作を

2016.07.21 23:19|小説
 『パレード』『横道世之介』『悪人』などの吉田修一の作品。
 ちょっと前の作品ですが映画の公開が9月に迫っているということで……。
 映画版は『悪人』を監督した李相日の作品で、キャストがかなり豪華な布陣です。主役としては渡辺謙ということになるのでしょうが、ゲイ役の妻夫木聡綾野剛も気になるところですし、きわどい場面が予想される広瀬すずや、原作では軽度の知的障害(?)がある難役には宮崎あおいが扮するというのも見所かもしれません。とにかく話題作になることは間違いないと思います。

怒り(上) (中公文庫)


怒り(下) (中公文庫)




 原作はミステリー仕立てになっていて、八王子で起きた殺人事件の犯人である山神を刑事が追う形でスタートします。山神は犯行現場から逃げ、顔を変えてどこかに潜んでいます。そして、東京・千葉・沖縄の3つの地域を舞台に来歴不明の男が登場して、その3人の誰が山神なのかというのが読者の興味となっていきます。
 もしかすると犯人かもしれない3人の男は、まったく社会との接点がないわけではなく、それぞれの場所で多少なりとも親密な関係があります。しかし、山神のニュースが世間の注目を集めるようになり、その顔写真が公開されたりもすると、それまでの関係に変化が生じることになっていきます。

映画版『怒り』のキャスト陣はこんな感じ。

 ブログなんかでほかの人の感想を読むと、この作品のテーマは「怒り」ではなく「信頼」だと書かれている方が結構多いようです。確かに最後の泣かせどころはそこにあるような気もしますが、個人的には登場人物たちが抱えるぶつけようのない「怒り」のほうに惹きこまれてあっという間に読み終えました。
 たとえばゲイにとってはノンケという世間の大部分を占める人たちからは理解されることは難しいでしょうし、障害を抱えたぽっちゃりした女の子が世間並みの幸せをつかむことは至難のわざなのかもしれません。また、沖縄では未だに基地問題があり、女の子は米兵に暴行を受けたりする事態が起きたりもします。
 そうした事態に対してわれわれ個人が「怒り」を表明したとしてどうなるのでしょうか? 多分、押しつぶされてしまうのでしょう。基地問題に関して沖縄で大きな抵抗運動が生じても、政府のやっていることは何も変わったようには見えませんし、それどころか9条を改正しようとまで画策しているようです。そんな意味ではとても無力さを感じます。
 この作品では山神の本心はほとんどわかりませんが、メモに書きなぐったものが一部残されていて、そこには「電車遅延で駅員をドーカツ」している人や、「ファミレスで店員に苦情」を言っている夫婦について書かれています。山神はそうしたクレーマーのような人物を小馬鹿にしているわけです。メモを見た刑事はその言葉を見て、何かに怒ったところで状況はよくならない、すべてを諦めてしまった人間なんじゃないかと山神のことをプロファイルします。つまりは山神も大きな壁にぶつかって「怒り」を抱えつつも諦めてしまった人間なのでしょう。しかし、あることが原因でキレてしまい事件を起こしてしまうことになります。

 とにかく今の日本はどうにも無力感に支配されているようにも思えます。この作品で来歴のない人物が何人も登場するのは、山神のような犯罪者ばかりでなく、世間という何だかよくわからない壁と闘うのを諦め、ひっそりと生きていくのを選択した人が少なからずいるということなのでしょう。
 『怒り』の最後には希望が込められている部分もありますが、同時に山神を追っていた刑事の側にいた女性は闘うことを拒否して逃げ出すことを選びます。彼女にも「怒り」はあるのでしょうが、それを押しつぶすほどの無力感が世間並みの幸せすらも放棄させてしまうのです。
 「怒り」は行き場を失っているようです。たまさかそれが爆発すると山神のような事件になってしまうわけですが、真っ当な「怒り」を受け止める場所はあまり見当たらない気がします(政治には希望よりかえって「怒り」を覚えるのが普通でしょう)。これは何とも悲しいことです。こうして愚痴ればいいわけではないのはわかるのですが……。
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