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『輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語』 死では終わらない物語について

2015.10.22 19:57|宗教
 著者の竹倉史人は現代宗教やスピリチュアリティなどに関心を持っている研究者とのこと。

輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書)



 生まれ変わりの物語は現代においても広く世界中で支持されているのだといいます。日本では42.1%の人が輪廻転生を信じていると回答していますし、意外にも仏教圏以外の国でも輪廻転生を信じている人は少なからずいるそうです。この本では、著者は「生まれ変わり」を3つの類型に分類しています。

① 再生型
② 輪廻型
③ リインカーネーション型


 日本は3つの型のすべてが混在しているような状態で、「再生型」というのは自然の循環のようなものです。季節が巡るように人も順繰りに巡っていくという考えで、柳田國男『先祖の話』で書いたものに代表されるものだと思います。この場合は生まれ変わりの範囲は共同体の内部に限られているようです。次の「輪廻型」は古代インドが発祥のもので、仏教を通じて日本でもよく知られているものです。
 そして最後のものが「リインカーネーション型」ですが、日本では70年代以降のニューエイジの流れで入ってきたようです。この「リインカーネーション(reincarnation)」という言葉は、実はそれほど古い言葉ではないようです。この言葉が今のような意味合いで使われたのは1957年にカルデックという人が出版した『霊の書』という本が初めてとのこと。カルデックは「受肉(incarnation)」という言葉を拡大解釈しました。「受肉」とは、キリスト教では神がイエスという人間として地上に生まれたことを指す言葉ですが、これは一度限りのものです。その言葉を元にカルデックは複数回可能な「リインカーネーション(reincarnation)」という言葉を生み出したわけです。
 著者によれば「リインカーネーション」の考えは、何度も生まれ変わることで人が進歩していくというところに独自性があるようです。それまでのキリスト教の世界観は〈退歩史観〉が基調でした。「神による世界創造の時点が絶頂期であり、それ以降、人類は堕落の一途をたどっていく」(p.125)というものです。物が古びていくように、世の中も悪くなっていくというイメージが一般的だったわけです。しかし啓蒙主義の考え方はその考えを逆転させるような力があったわけで、「リインカーネーション」という考えもそうした時代のなかで生まれたものです。

 こうした3つの類型のなかで「輪廻型」はちょっと異質なもののように僕には思えました。というのは「再生型」も「リインカーネーション型」も生まれ変わることが人の救済になっているように思えるのに対し、「輪廻型」ではそれが苦として捉えられ、仏教の教えでは輪廻転生から抜け出すことこそが救済となるわけですから。
 ちょっと前に読んだ『死では終わらない物語について書こうと思う』(著者:釈徹宗)では、「理想の死のモデル」として「往生伝」が取り上げられます。ここでは浄土に往生することが目的のように考えられています。本来の仏教の教えでは、浄土で阿弥陀仏から説法を受けて解脱するという次の段階があるはずですが、解脱よりも浄土へ生まれ変わるほうが救いになっているようにも見えるのです。「浄土願生者とは、帰る世界のある人生を選んだ人にほかならない」という言葉も、それを証明しているように思えます。「死では終わらない物語」というのは「生まれ変わりの物語」とも言えるわけで、死ですべてが終わってしまうのが耐えられないからこそ「再生型」「リインカーネーション型」も生まれてきたのかもしれません。
 だからこそ「輪廻型」の物語が例外的なものに感じられます。インドに行くと世界観が変わるみたいな言葉はよく聞きますが、インドはあまりに雄大で、時間の単位も悠々としているからでしょうか。弥勒菩薩が現れるのが56億7000万年後とかいう途方もない時間を考えるわけですから、さすがに嫌気が差すのかもしれませんが、僕にはまだ来世があったほうが慰めに感じられるような気がします。

死では終わらない物語について書こうと思う


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